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京都地方裁判所舞鶴支部 昭和51年(わ)1号 判決

主文

被告人を判示第一ないし第四の罪につき懲役三年に、判示第五の罪につき懲役八月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、三〇〇日を右判示第一ないし第四の罪の刑に、二〇〇日を右判示第五の罪の刑にそれぞれ算入する。

押収してある脇差し二振、回転弾倉式五連発改造モデルけん銃一丁、口径〇・二二インチ縁打式ロングライフル型けん銃用実包四発(うち一発は試射ずみ)、ビニール袋入り覚せい剤粉末一・〇六グラムを没収する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、(1) 昭和四七年一〇月中旬ころ、京都府与謝郡○○町△△△×××番地甲野一郎方において、同人に対し、男女性交の場面を露骨に撮影したカラー八ミリ映画フィルム一四巻を代金一八六、〇〇〇円で売却し、

(2) 同月二〇日ころ、右同所において、同人に対し、外人男女の性交場面を露骨に撮影した写真を印刷した小冊子五〇冊を代金六万円で売却し、

(3) 同月二二日ころ、右同所において、同人に対し、前同種のわいせつ写真小冊子一五冊を代金一五、〇〇〇円で売却し、

もってそれぞれわいせつ図画を販売し

第二、昭和四六年三月ころから覚せい剤を慣用し、漸次使用量が増加するとともに、昭和四七年三月ころから幻覚妄想等の覚せい剤中毒性精神障害を生ずるようになり、同年四月ころ、同居先の同町字○○××××番地所在実父乙山太郎(昭和五〇年六月二九日死亡)方において、妻花子が被告人以外の男性と親しくしているとの妄想により、同女を殴ぐったり足げりする暴行を加え、さらに日本刀で同女の頭髪を切断し、灰皿を投げつけるなどして傷害を負わせ、その後もしばしば同女に殴ぐる、けるの暴行に及んだが、同年八月ころ協議のすえ離婚の届出をしたものの、事実上同棲を続けるうち、実父乙山太郎が同女と通じているとの妄想により日本刀で右太郎に襲いかかり、さらに同年九月ころ「誰れかに狙われている」との妄想や自動車のバックファイヤ音(逆火音)をけん銃の発射音と錯覚するなどして窓ガラスに向けてけん銃を発射し、同年一〇月ころカーテンがゆれるのを見て「誰れかがいて、狙われている」との妄想により日本刀でカーテンを切りつけて窓ガラスを破損するなどの狼藉に及んだため、このまま覚せい剤の使用を続ける限り被告人がいかなる不測の暴力沙汰を惹起するやもしれないことを憂慮した父から家を出るよう求められ、同年一二月ころ同町○○○○△△△×××番地に転居したが、依然覚せい剤を乱用していた。

かくて、被告人は、覚せい剤を多量に使用すると、幻覚・妄想に支配されて暴力的行動を振舞う習癖を有するに至り、被告人もこれを覚知していたのであるから、このような場合、被告人は自戒して覚せい剤の多量の使用を抑止し、覚せい剤使用に基づく中毒性精神障害による暴行・傷害等の危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、昭和四八年二月二三日午後一一時ころから翌二四日午前五時ころまでの間、三、四回にわたり、前記転居先の自宅において多量の覚せい剤粉末を水に溶かして自己の身体に注射して使用した重大な過失により、覚せい剤中毒性精神障害に罹患し、幻覚妄想の圧倒的支配下にある心神喪失状態に陥り、同日午前五時ころ、前記自宅二階の四畳の間において、自己の内妻甲川花子(昭和一四年一二月二五日生)が北鮮の大物スパイであり、同女を殺害しなければ日本国が滅亡するとの妄想に支配され、自宅にあった刃渡り五六・四センチメートルの白鞘脇差し及び刃渡り五三・三センチメートルの黒鞘脇差しで、就寝中の同女の腹部、背部、後頭部等を突き刺し、切りつけ、よって同女をして、間もなく同所において、失血死するに至らせ

第三、法定の除外事由がないのに、昭和四八年二月二四日午前七時ころ、綾部市戸奈瀬町孫三谷国道二七号線路上において、同所を走行中の自己所有の普通乗用自動車助手席ダッシュポードに回転弾倉式五連発改造モデルけん銃一丁及び口径〇・二二インチ縁打式ロングライフル型けん銃用実包四発(ただし、うち一発は試射前のもの)を隠匿所持し

第四、法定の除外事由がないのに、同月二五日午後二時五分ころ、東京都千代田区麹町一丁目四番地警視庁麹町警察署において、塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤粉末約一・二五グラム(ただし、予試験のため約〇・一一三グラム、鑑定のため〇・〇七七グラム費消)を所持し

第五、法定の除外事由がないのに、昭和五〇年一〇月二日京都市東山区山科名神高速道路京都東インターチェンジゲート入口付近道路上に停車した自己運転の普通乗用自動車内において、フェニル・メチル・アミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末約〇・〇五グラムを水に溶かして自己の身体に注射して使用した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(判示第二の重過失致死に関する本位的訴因及び選択的訴因について)

右重過失致死に関する本位的訴因の要旨は、「判示日時・場所で、判示のような方法により甲川花子を殺害した」(殺人)というものであり、選択的訴因の要旨は「昭和四七年四月ころから同年一〇月ころまでの間、京都府与謝郡○○町△△△△××××番地の父乙山太郎方において、覚せい剤使用による妄想状態により他に暴行を加えるおそれありとして同人方部屋に監禁されたこともあり、覚せい剤の使用は時に精神異常を招来して幻覚妄想を起し、あるいは他人に暴行を加えることがあるかも知れないことを予想しながら、判示日時・場所であえて多量の覚せい剤を自己の体内に注射し、その覚せい剤の一時的中毒により精神異常を招来し、幻覚妄想状態に陥り、右花子を北鮮のスパイと錯覚し、同女に傷害を加えることを決意し、判示のような方法で傷害を加え、よって同女を死に至らせた」(傷害致死)というものである。

しかし、判示第二の罪に関する《証拠省略》によれば、被告人は、判示のとおり心神喪失の状態にあったものであり、かつ昭和四八年二月二三日午後一一時ころから翌二四日午前五時ころまでの間三、四回にわたり覚せい剤の注射をしたさい、前記状態のもとで故意犯である殺人ないし傷害致死の犯行を実行することを認容していたとは認められないから、殺人罪はもとより、傷害致死罪も成立しない。

結局、本件については、判示のとおり重過失致死罪が成立するにとどまるというべきである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第三の罪のけん銃は殺傷能力を有しないから銃砲刀剣類所持等取締法に定めるけん銃に該当しない旨及び判示日時ころ被告人は心神喪失の状態にあった旨主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、右けん銃が人畜に対する殺傷能力を有することは明らかである。

また、たしかに判示第二の罪に関する《証拠省略》によれば、判示第三の罪の犯行日時である昭和四八年二月二四日午前七時ころにおける被告人の精神状況は、多少一過性に改善されていたものの、同日午前五時ころのそれとそれほど大差がなかったものと認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、覚せい剤中毒性精神障害としての妄想は、その対象以外のことがらに対する関係では判断能力を左右しないものと考えるのが相当であるところ、判示第二の罪に関する《証拠省略》によれば、前記日時ころにおける被告人の妄想は、もっぱら甲川花子に関する妄想や同女殺害後の被告人の逃走に関連する妄想にすぎず、本件けん銃や実包の所持に関する判断能力は通常人と異なるところはなかったものと認められる。

したがって、弁護人の前記主張はいずれも採用しない。

(累犯前科と確定裁判)

被告人は、

(一)  昭和四三年三月一八日京都地方裁判所で公務執行妨害、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反罪により懲役八月(未決勾留日数三〇日算入)に処せられ、同年一〇月二〇日右刑の執行を受け終わり、

(二)  昭和四四年四月一三日に犯した兇器準備集合、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反罪により同年九月三日京都地方裁判所峰山支部で懲役一年(未決勾留日数三〇日算入)に処せられ、昭和四五年八月三日右刑の執行を受け終わり、

(三)  昭和四七年七月五日に犯した暴力行為等処罰ニ関スル法律違反罪により昭和四八年二月八日京都地方裁判所峰山支部で懲役一年に処せられ、右裁判は同年一一月二〇日確定し、昭和四九年一一月二二日右刑の執行を受け終わった

ものであって、右の各事実は、《証拠省略》によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の各行為は刑法一七五条前段、罰金等臨時措置法三条に、判示第二の行為は刑法二一一条後段、罰金等臨時措置法三条に、判示第三のけん銃を所持した行為は銃砲刀剣類所持等取締法三条一項、三一条の二の一号に、実包を所持した行為は火薬類取締法二一条、五九条二号に、判示第四の行為は覚せい剤取締法一四条一項、昭和四八年法律一一四号附則七項により同法による改正前の覚せい剤取締法四一条一項二号に、判示第五の行為は覚せい剤取締法一九条、四一条の二の三号にそれぞれ該当するが、判示第三のけん銃を所持した行為と実包を所持した行為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反罪の刑で処断することにし、判示第一ないし第四の各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択する。

そして、判示第一ないし第四の罪は前記(一)、(二)の前科との関係で三犯であるから、いずれも刑法五九条、五六条一項、五七条により、また判示第五の罪は前記(三)の前科との関係で再犯であるから、同法五六条一項、五七条によりそれぞれ累犯の加重をするが、同法四五条前段及び後段によれば、判示第一ないし第四の各罪と前記(三)の確定裁判のあった罪とは併合罪の関係にあるので、同法五〇条によりまだ確定裁判を経ない判示第一ないし第四の罪につき処断することにし、同法四七条本文、一〇条により刑期及び犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を判示第一ないし第四の罪につき懲役三年に、判示第五の罪につき懲役八月にそれぞれ処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち三〇〇日を右判示第一ないし第四の罪の刑に、二〇〇日を右判示第五の罪の刑にそれぞれ算入する。

また、押収してある主文記載の脇差し二振は判示第二の重過失致死の用に供した物で犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項により、同けん銃一丁及び実包四発は判示第三の犯罪行為を組成した物でいずれも犯人以外の者に属しないから同法一九条一項一号、二項により、同ビニール袋入り覚せい剤粉末一・〇六グラムは判示第四の犯罪に係り、犯人が所有するものであるから前記改正前の覚せい剤取締法四一条の五によりこれらを被告人から没収する。

なお、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることにする。

(裁判長裁判官 木村幸男 裁判官 平井重信 喜久本朝正)

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